大岡山の空

完璧な計算で造られた楽園で、ひとつだけ、うそじゃない、 今日から始めるモテ体質強化ブログ、大岡山の空。

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 今日(正確には昨日)、課題をやりながら小嶋進氏の証人喚問をチラチラ見ていた。

 その中で、たしか民主党の馬渕議員だったか、「耐震偽装問題は、我々の孫子の代までの、国家百年の計の大きな問題である」といった事を、質問の冒頭で話していた。

 確かに、現在の技術から行くと、今ある中・高層階の建物の幾ばくかは22世紀になっても存在しているだろう。
 伝え聞くところによれば、日本の土建業界の課題として、百年持つ建物の普及ってのがあるらしい。日本の建物は欧米のそれに比べ”耐用年数”が短く、昨今の省資源化問題などからの要請もあり、可能な限り長く利用できるモノを創ると言うことがある種の至上命題になっているとか。
 内部レイアウトを可能な限り変更できるようにしたマンション物件が人気を呼んでいるらしいが、そういった流れを受けてのモノだとか。

 先日、めざましテレビの「Oh! MyNewYork」で、マンハッタンの築100年以上のビルの床が崩落したなんて話題を取り上げていた。英国では古いアパートに住むほど社会的ステータスが高いなんて話も、どこかで見聞きした気がする。
 まあ、今の日本の建物を100年間持たせたところで、欧州の街のようなステキな街並みが形成されているかと言えば、大いに疑問ではあるのだけれども。
 
 まあ、そもそも日本の景観を欧米のそれと同様の視座で論じて良いのかという疑問もある。街の景観がそこに住まう人々の活動の賜と考えるのならば、そこに住まう人々の活動、さらにはその根底となる文化・思想と言ったモノに大いに影響を受けながら、さも躍動する生物が如く成長していくのが街であり都市であるとも考えられるのだから。

 「日本の駅前はどこも同じだ。中央線に乗っていても、杉並と阿佐ヶ谷と西荻窪の区別が付かない。」以前、田中康夫だかがテレビ番組(朝生だったかな?)でこんな事を言っていた。
 鹿鳴館の風刺画が描かれた頃と、ナニが変わったのだろうか。

 人々が集い、家々が出来、ルールが作られる。そして経済圏を生み出し、都市が出来る。高校の世界史だか政治経済だか倫理の時間に先生が話していた「オイコノミア」なんてコトバが脳の奥から湧上がってくる。

 身体に染みついた感覚のもたらす文化、そしてそのインテグラルとしての都市。そんなステキな街、ココ数十年生まれていないのかもしれない。少なくとも日本では。哀しい哉。
 先日、
HotWiredJapanに興味深い記事があったのを思い出した。

 そういえば、神保町で買った「世界都市の条件」という本が読みかけのまま、本棚の肥しになっている。春休みなったら最後まで読もう。
 それから、春休みになったらドコかステキな街に行ってみよう。ケータイと財布だけを持って。もちろん、ケータイの電源はオフで。


 そんな事を今日(正確には昨日)、変わりゆく大岡山の駅前を眺めながら想った。このCMのBGMが脳内でエンドレスリピートしていた。

※お断り:このエントリーはほろ酔い気分で書かれました。
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