大岡山の空

完璧な計算で造られた楽園で、ひとつだけ、うそじゃない、 今日から始めるモテ体質強化ブログ、大岡山の空。

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 といっても、他人の記事の紹介なんだけど。(^ ^;;

 電通の四元さんという方の記事「【ヒット!のココロ】見せびらかし欲求のブログ

たしかに、自分のblogの内容を見返してみると、
むしろ情報化や1億総オタク化の中では、ちょっとしたうんちくや波瀾(はらん)万丈な私生活など、自分だけのオリジナル情報こそが誇示の対象としてふさわしい。実際にブログ初期では著名人ブログが一種の見せびらかしとして開始され、当初はあこがれを持って接した庶民も、やがては模倣する感覚でブログ発信を始めたという過程を見て取れる。
 ヴェブレンが存命なら、「優秀な狩人→ブルジョア富豪」の次段階に「→著名人」を加えて、情報化社会の見せびらかしを論じたことだろう。
 いずれにせよ、これだけ活況なブログだ。ブログでの意見を参考にする機会は、プライベート、ビジネスを問わず確実に増えている。しかし見せびらかし欲求が根底にある以上、内容は常に誇張や虚栄に振れやすいという留意が必要じゃないかな。

 という指摘には「ウーン、、、」と考え込んでしまう。



 ご指摘の通り、blogの本質の一つとして「自己の誇示」という要素はあるように思う。また、そのことにより多くの人が様々な情報を”発信”しているわけで。

 ただ、個人的な実感としては、mixiに代表されるSNSでの「日記」における書込みの方が所謂"blog"(weblog)においてのそれよりも、よりいっそう(かなり)「自己誇示」の傾向が強いように思う。

 そんなことを考えるに、自己顕示の「有効範囲」というものを人間はコミュニケーションの際に無意識のうちに考えているのかなあ、なんてことも思う。
 つまり、自己の発言の影響が比較的強いと考えられる「ミク友」に対しては、かなり強い意思を持って自分の意思表示、すなわち「自己顕示」を行うのではないかと。


 あまり実例は出したくないが、例えばあなたの「ミク友」の中に、半ニートのような人間はいないだろうか?それなりに頭も良い感じの。
 その人の綴る「日記」(外部blogではないところがキモ)って、アレな感じがしないだろうか?


 新しいマーケティング市場である「blog」と、自己顕示の主戦場であるSNSの日記、そんなくだらない妄想を抱きながら「
人はなぜブログやSNSの書き込み内容を信じるのか?」という記事に、暫し思いを馳せた。







 以上、ヘベレケなK@パダワンの「自己顕示」欲に基づく散文でした。

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