大岡山の空

完璧な計算で造られた楽園で、ひとつだけ、うそじゃない、 今日から始めるモテ体質強化ブログ、大岡山の空。

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 いまさらソースを貼るまでもなく、小泉総理靖国神社に参拝しましたね。

 今回は、本質的な論点(ex. A級戦犯合祀, 政教分離etc...)についての議論は置いといて(所謂"史実"すら不確定な部分があるものについて、利益誘導のためのギロンはできこそすれ本質的な議論ができましょうや。私にはムリ)、今回の参拝と国内、周辺諸国(数カ国を「アジア」で括る表現は嫌い)の反応についての雑感でも。
 といっても、こんな感じの”イタイ理系”的解説をするつもりは毛頭ないので、期待した皆さんごめんなさい。

 私の宗教観みたいなのを交えた雑感については次回あたりにでも。



 まず、今回の
総理参拝についての国内的な影響について。

 私は”自然な”選択だと思う。
 というのも、任期が残り一ヶ月となり今回の参拝が対周辺諸国外交に及ぼす影響は限定的であり、在外邦人・企業に対する影響はほぼ無いだろう。また、靖国参拝に対する世論の関心も(善し悪しは別として)薄れて来ており(参考:初回参拝での世論調査)、次期総裁選や来夏の参院選への影響はほとんどないと言ってよいだろう。
 つまり、国内的な負の影響は無い。

 また、総裁選のときの「公約」であった終戦記念日の参拝を実現することにより、自民党の支持母体であるところの遺族会や神道系を中心とする各宗教団体への”配慮”にもなる。さらには、近年発言力が増している”ネット上で活発な意見表明を行う人たち”(これを「2ちゃんねら」などと一括りにすると”流れ”を見誤ると思う)からも好意的なレスポンスを得ることが出来、一昔前に問題となっていた自民党支持層の”高齢化”の解決にも繋がる。Yahooニュースなどでweb投票が行われると思うが、電話による世論調査などよりも支持を表明する割合が多くなるだろう。
 さらに、次期総理(安倍晋三でガチだろうが)の靖国参拝で”いい感じにやや否定的”な結果が出ており(朝日新聞の調査)、おそらく就任後は参拝を控えるのではないか。と考えれば、靖国参拝に対してやや否定的な層≒左派無党派層~民主寄り層を「安倍総理」支持に取り込める可能性がある。既存の参拝支持層の大部分は「参拝しないからと言って、自民党不支持になる訳ではない」という考えであると思うので、語弊はあるが「黒と対比することでグレーも白に見える」という極めてクレバーな国内政治戦略であるように思う。

 なお、今のところ中国関連銘柄への影響はほとんど出ていない模様。また”波風立てたくない”財界からも冷静な反応が多い模様。(参考:財界トップに直接的批判なく



次に、対外的な影響について。

 中国からの反発はもはや想定の範囲内である。暴動が起きようが、日本国内では昨春のような衝撃を持っては受け止められない。むしろ「中国共産党が今回も野放しにした」という見方が広がり、第三国においても、国内の不満(参考:中国の昨年発生した暴動は8万7000件)を解消するためのナショナリズムの利用や、中国共産党の指導力不足といった文脈で語られるだろう。場合によっては「2008年後問題」をよりいっそうクローズアップさせ、ベトナム・インドシフトを加速する可能性も否定できない。そういった意味で、強い批判声明を出すものと予想されるが、デモなどは”起こさない”だろう。

 両国政府も、「次期総理の様子見」という姿勢で、事前に懸念されていた在京大使召還といった過激な”抗議行動”もなく、また独立記念の声明の中でもやんわりとし表現だったようだ。(参考:韓国の対応

 日系企業製品の不買運動などが起こる可能性も無くはないが、こういった製品の主な顧客は沿海部の富裕層であり、共産党体制による現状維持を望みつつもそれほど積極的に政治にコミットしようとはしない所謂ノンポリであるので、一時的な落ち込みはありこそすれ、中国事業戦略に関わるようなものではないと思われる。これは前回のデモ結果も示している。
 また、ネット上を中心として抗議活動を行う人々の中には農民籍を持つ都市市民も多いらしい(ソースは失念)。つまり(特に家電や自動車などの)日系企業製品購入層ではない。こういった意味でも、影響は限定的である。

 以前知人の中国人留学生から聞いた話だが、沿海部での所謂エレクトロニクス製品の日本ブランドはかなり強いらしい。SonyやPanasonicのデジカメ等がその代表で、こういった製品は日本国内と同程度の値段で販売されているために、富裕層しか買うことが出来ずある種の”ステータス”であるとのこと。
 このことからも分かるように(コレ↑が必ずしも正しい訳ではないかもしれないが)、政治体制なんてのは所詮”御題目”程度にしか捉えられていないのだろう。王朝の浮沈を繰り返して来た中国の歴史から考えれば至極当然のことかもしれない。また、日本ブランドを冠したパチモノの氾濫もこうした事柄の証左なのかも。




 やや余談になるが、”ネット上の世論”の偏りについて指摘する声も出るだろう(多事総論や天声人語あたりで)。しかしながら、ほとんどの電話調査で採用されている手法「RDD」にも特有の偏りが生じることは多く、また質問方法による結果の”操作”が可能であることは多くの人が指摘している通りであり(参考:wikipedia「世論調査」)、そういった手法的観点からの問題提起は本質的な論点や問題にはなり得ないように思う。
 むしろ、本質的な論点とすべきは、平日の昼間に「緊急世論調査」と称して(個人世帯の固定電話に)行われるRDDでの調査に回答するような層と、ネット上で能動的に意見を表明する層、いずれの声が社会的な影響力を持っているか、そしてその層の意見は?と言った点に有るのではなかろうか。

 以下、完全な私見になるが、後者の方が影響力をもちつつあるように思う。一昔前は「ネット上で意見表明を行う人間はヒキコモリの2ちゃんねらで、社会的に取るに足らない層」といった見方がメジャーであったが、現在では所謂「2ちゃんねら」も多様化し、さらにそういった「ネットカルチャー」に触れていない人々もBlogや、mixiを始めとするSNSなどで活発に自らの意見を表明し始めている。そしてそれは、社会の下層(この表現は個人的にはあまり好きではないが)の人々に限ったことではない。むしろ、私生活においてもネット上で活発なコミュニケーションを取るという点で、中層から上層にかけての人々によると見た方がいいのかもしれない(そんな米国での調査結果があったような気がするが失念)。20代~40代が多いという年齢的偏りは否定できないが。

 肝心なのは、その意見が「熟慮の上導かれたかどうかは関係ない」という認識ではないだろうか。たしかに”安定性”という点では「熟慮」という点が重要となってくるだろうが、目前で起こっている事象に対する反応においては意味をなさない。むしろ「どれだけ大きな声が出せるか」が重要なのであり、そういう意味で「井戸端会議」と「新聞への投書」しか意見表明の機会を持たず、さらに大部分が社会的地位を持っていない人々(つまり主婦層)の意見は極めて小さく、「取るに足らない」。
 昨年、自民党が「ブロガー記者会見」を開いた狙いに注目したい。



 「便所の落書き」が街頭に貼られ始めた。
 辻辻で人々が議論を始めた。物理的・社会的制約を超えて。

 オーロラビジョンでの演説に耳を傾けなくなり始めた。


 囁く人を”見抜く”手立ては、もはやその内容から聴き手が”想像”する他ない。


 依然として単なる「ナショナリズム」で括ろうとするのか。
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